日々是好日このページでは、酒井が日々感じていることをコラム風に書き綴っていきたいと思っています。 #1・歴史は繰り返さない「歴史は繰り返さない」小林秀雄の有名な言葉の一つだ。その著作の随所で言っているが、「ドストエフスキーの生活」の序文で、この言葉の意味を丁寧に書いている。一見わかりづらい言葉だが、小林さんの云わんとするところは明確である。人間の経験というものは、その一つ一つが掛替えの無いものである。似たような経験があったり、行いがあったとしても、それは、ある観点から見れば似ているということであって、それぞれは、その場かぎりの、まさに1度しかない経験であり、歴史的事実であるはずだ。そういうことを小林さんは言っている。 ただ人間の欲望はおろかなもので、ついつい何かしらの再生を願ってしまう。たとえば録音された音楽。音響機器で音楽をかければ、いつも同じ音楽を聴けると思っている。事実、普通に考えれば、そのように感じるし、蓄音機以来の歴史は、何かを記録し再生したいという人間の願いの歴史でもあるように思う。 でも、よく考えれば、そこには誤解があると思う。じっくりと感じようとすれば、再生された音楽でも、常に新しい発見があるものだし、常に未知なる魅力が隠れている。良い作品ほどそうだ。また違う観点から考えると、例えば聴く側の体調によっても感じ方がかわるだろうし、物質の性質からしても、物質は常に変化しているから、その1回1回の再生には必ず微妙な違いがあるに違いない。気温も毎日違えば湿度も違う。こういう意味で言うならば、録音された再生音楽でも、まったく再生された音楽ではないし、生演奏と同じく、その場1度限りの、貴重な歴史的事実と言えなくもない。 ちょっと大げさに言えば、CDで音楽を聴くことは、人生と同じだ。その時は、その一度しかない。輪廻転生があったとしたって、一度しかないものは一度しかない。でも人間は再生を願う。 多分、何事も一度しかないということを本能的に知っているからこそ再生を願うのかもしれない。そう考えれば、この愚かな願いはいじらしく感じなくもない。 「歴史は繰り返さない」 私はこの言葉をずっと好きであり続けたい。これもおろかな願いであろうか。 2010.1.10
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